“臨床心理学社の河合隼雄氏は、「正しいことばっかりしかゆわなくなったとき、人間は一番アブナイ」という。カウンセラーとして面談して、相手の話をじっと聞き、最後に、「あなたのおっしゃることは全部正しいです。まちがっていることがあるとしたら、たった一つ。あなたが正しいことしかゆわんようになっているということです」というケース──しかも、こういうケースこそが「重症」なのだという──がきわめて多いそうである。”
— 佐伯、松原編『実践としての統計学』p.10
11:41 am • 19 May 2012 • 783 notes
“本は入念に書けば書くほど薄くなり、それだけ書くための労力が大きくなる、おおざっぱに言って、著者が綿密さを2倍にすれば、本の厚さは半分になる。つまり2倍の労力に対して、支払いは半分になる。したがって、著者への支払いは、なされた仕事の2乗に反比例する。”
— レフ・ポントリャーギン
10:07 am • 30 April 2012 • 2 notes
“救済は、まさに死ぬことに、死んだもののように生きることにあるのである。”
— セーレン・キルケゴール『死に至る病』
1:36 pm • 29 April 2012 • 11 notes
“もし人間が実際に年とともに成長して、自己についての本質的な意識をもつまでに成熟すれば、おそらく人間はいっそう高い形式で絶望することができうるであろう。”
— セーレン・キルケゴール『死に至る病』p.112
12:41 pm • 29 April 2012 • 55 notes
“可能性を欠くということは、或る人にとって、一切のものが必然的になってしまったことを意味するか、それとも、一切が日常茶飯事になってしまったことを意味するか、そのいずれかである。”
— セーレン・キルケゴール『死に至る病』p.77
12:37 pm • 29 April 2012 • 43 notes
“自殺が許される場合には、全てが許される。
何かが許されない場合には、自殺は許されない。
このことは倫理の本質に光を投じている。というのも、自殺はいわば基本的な罪だからである。”
— ウィトゲンシュタイン『草稿』1917年1月10日
12:29 pm • 29 April 2012 • 38 notes
“私が世界を判断し、ものを測らねばならない。”
— ウィトゲンシュタイン『草稿』1916年9月2日
12:10 pm • 29 April 2012 • 15 notes
“この世界の苦難を避けることができないというのに、そもそもいかにして人間は幸福でありうるのか。
まさに認識に生きることによって。
良心とは認識の生が保証する幸福のことである。
認識の生とは、世界の苦難をものともせぬ幸福な生である。
世界の楽しみを断念しうる生のみが、幸福である。
この生にとっては、世界の楽しみはたかだか運命の恩寵にすぎない。”
— ウィトゲンシュタイン『草稿』1916年8月13日
12:07 pm • 29 April 2012 • 24 notes